
田んぼが教えてくれること
ムルガ田での農作業は、私たちにたくさんのことを教えてくれます。
思い通りに育たない苗や、大切に種から育てた苗が、小さな動物たちにすべて食べられてしまったこともありました。私たちの米作りは、機械に頼らず、すべて手作業からのスタートでした。かつて耕作放棄されていた畑を、日が暮れるまで鍬で耕し続ける毎日。やっと水を引き入れたと思ったら、すべて漏れてしまうこともありました。
それでも、泥だらけになりながらも諦めず、田起こしや代かきを繰り返し水漏れを塞ぎ、約2ヶ月もの時間をかけ、ようやく田植えの準備を整えることができたのです。移住前、都心のアスファルトの上で生活していた私が、毎日泥だらけになり、裸足で作業している。身体はクタクタでしたが、気分はこれまでにないほど爽快でした。

Shan Matha
ムルガ米を育む
未来へ紡ぐ、
聖なる創造の息吹
自然に対して、謙虚に丁寧に、そして誠実に真っ直ぐに生きる。お天道様の温かな愛を命の中心において、手を合わせて生きる。これなくしては、植物も子どもたちも、私たち自身も、安心してこの世界を信頼し、のびやかに命を芽吹かせることはできません。
私たちがお米を育てる本当の目的は、心に潜む不健全な構造を解き放ち、大自然のリズムに身を委ねた生き方を再び築き上げることなのです。静寂の中で、微笑み、祈り、次第に心は無へと還り、田んぼと一つに溶け合っていく。この静寂の中から生まれる創造こそが、これからの時代に必要な生き方であると、私たちはこの米作りを通して深く確信しています。
祈り
ムルガ米を食する全ての皆様が、心身の健やかさを取り戻し、深く眠った魂の光が目覚め、人生をより豊かに、そして幸せに、内なる真の創造性を輝かせながら、この社会に、そして世界に、優しく健全な姿で貢献できますように。
Shan Matha

稲穂の神さまに導かれて
「わぁ~田んぼに神さまがいらっしゃる!!」
一瞬時が止まり、私は目の前に広がる田園風景と一つに溶け合っていました。
この体験は、まだ30代の頃、岩手県の一関を訪れた時の事です。強すぎない太陽の日差しを浴びた稲穂は、一面黄金色に光っていました。稲穂の上空2,3メートルの高さまで光を放射していたのです。それは忘れられない、神聖なる原風景との遭遇でした。


天孫降臨と斎庭の稲穂
日本神話の「天孫降臨」にあるように、天照大神様は孫にあたる瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が地上に降臨する際、三つの重要な神宝を授けました。八咫鏡(やたのかがみ)と、草薙剣(くさなぎのつるぎ)と、八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)、これら三種の神器とともに、天照大神さまは「斎庭の稲穂」を瓊瓊杵尊に授け、「この稲穂を育てて、国民を飢えることがないように養い、この国を治め、繁栄させなさい」と命じたのです。
私たち日本人にとって、天から授けられた稲穂は、神々の恵みそのものです。お米は単に空腹を満たすだけでなく、神々からの「御神気(ごしんき)」をいただくものと感じるのです。
ムルガ米に宿る命
私たちは2020年からお米を作り始めました。品種はイセヒカリですが、「ムルガ米」と命名したのは、インドヨーガを基に精神性を育む私たちの活動において、グルであるムルガ神を崇敬する意味合いがあります。
ムルガ米に宿る命を慈しむとき、私たちは心の奥底にある凝り固まった思いや、自然から遠ざかってしまった意識を、そっと手放していくように感じます。エゴが溶け出し、純粋な心で農作業 に臨むたびに、見えてくる真実があるのです。
完全無農薬、除草剤不使用の自然栽培を手作業で育み、マントラ(真言)を唱えながら仲間と共に静寂の中作業をします。ムルガ田んぼでの営みは、神に捧げる神聖なる行為。私たちはこのプロセスを通して、精神性を深く学び、育まれていきます。


子どもの種の力を信じる
生命への敬意
ムルガ米の栽培は、子どもを育てることに似ています。過保護になりすぎず、過剰な手出しもせず、ただ小さな種の中に宿る生命力を信じて、その子の声にいつも耳を傾けながら、静かにその成長を見守るのです。
なぜなら、その子自身の中に、必要な成長のプロセスがすでに織り込まれているからです。「今」というこの瞬間に宿る深い智慧を受け取れるよう、常に自身の心を清らかに保つこと。だからこそ、信頼し、穏やかに待ち、祈りながら、真なる愛に意識を向ける必要があります。そのまなざしは、日々の暮らしの丁寧さ、その全てに問われるものとなります。

日本の「米問題」と、新たな豊かさへの道
現代の日本は、喫緊の「米問題」を抱えています。農家は人口の約1%足らず、このままでは将来的に食料危機が懸念されます。これから時代が大きくシフトしていくと言われる中で、私たち日本人は、歴史から学ぶことができるのではないでしょうか。
かつての江戸時代のように、多くの人々が農に携わることで、ムラが活性化し、社会全体に豊かさが循環していた時代がありました。これから作物を育てる人の数が増えていくことで、物質的な豊かさだけでなく、精神的な充足感をもたらし、真の豊かさを取り戻す道であると確信しています。
ムルガ米を育む
水月智子


共存共栄 広がる輪
農業を始めようと思ったきっかけは、「知的障害のある娘に、何かできることはないだろうか」という思いからでした。施設に通うのが難しい娘が、楽しみながら取り組める作業はないか。どんなに大きな声を出しても、途中で休んでも、誰も咎めず責めない、そんな温かい場所があればと願っていました。
娘は一年目から大活躍でした。鍬やレーキを使い、日が暮れるまで田んぼ作りを手伝ってくれました。移住前の、緊張と不安に満ちた表情からは想像もできないほど、娘の顔にはたくさんの笑顔が溢れていました。そして、一年目のお米は想像以上の収穫で、豊かな恵みをもたらしてくれました。 ところが、二年目には試練が訪れます。苗が育たず、発芽すらしないという事態が起きたのです。私たちはこの出来事を、自分自身を深く内面から見つめ直す機会と捉えます。「何がずれていたのか」と問いかけ、自らの在り方を問い直し、修正していく大切な機会となりました。

田んぼが育む、あたたかい絆
「家族を連れて来られる場所」という私の願いは、少しずつ形になっていきました。仲間が増え、ご主人やご家族が一緒に田んぼに足を運んでくださるようになりました。
不仲だったご夫婦が一緒に田んぼを訪れたり、学校に行かない選択をした子どもたちが、田んぼ作業で大活躍したり。以前は子どもが苦手でパニックになることもあった娘も、今では子どもたちとの会話を楽しみ、みんなが来るのを心待ちにするようになりました。
そして三年目。稲刈りの時期になっても田んぼの水が引かず、まるで田植えのようなぬかるみの中で、足元をとられながら稲刈りをすることになったのです。
それでも集まった仲間たちは、誰一人文句を言うことなく、それぞれが「なぜ、この現象が自分の目の前に起きているのか」を問いかけながら作業を進めていました。
ぬかるんだ田んぼの中で、ひと刈り、またひと刈りと進めていくうちに、「まるで、自分の思考に絡めとられて、身動きが取れなくなっていた、あのときの自分そのものだ」と語ってくれた方がいました。
知らず知らずのうちにつくりあげた思い込みや不安にとらわれ、心が身動きできなくなっていた自分の思考に気づかせてくれたのです。
確かに、水の管理ができなかったことは大きな反省点でした。けれど、自然はあえてその状況をつくり出し、私たちに何かを気づかせてくれていたのだと感じました。
苗が育たなかったことや、夏場の一番大事な時期に身動きが取れず草が生い茂ってしまったことも、自然相手にはコントロールできるものなど何ひとつない、ということを教えてくれました。
私たちは、コントロールしているつもりになっているだけ。子育ても、人間関係もまた、同じなのだと。自然が改めて、そう教えてくれたのです。


学びと癒やしの場
私たち作り手が意識を整え、自然と調和し、すべてを委ねる。自分たちもまた自然の一部であると再認識できる場所。そんな学びと癒やしを与えてくれる田んぼです。























